昨日でウークイが終わり、沖縄の旧盆も終了です。
今年はウンケーの日からナカビにかけて台風がきたこともあり、影響を受けた地域もあるかもしれません。そして予報では来週もまた新たな台風が発生しそうな状況です。
沖縄で暮らしていると、台風は決して珍しいものではありません。
かつては「台風銀座」とも呼ばれていた沖縄。
毎年のようにやってくる台風に、私たちは「また台風か」と思いながら、飛ばされそうなものを片付けたり、食料や水を準備したり、停電に備えたりします。
では、電気もスマートフォンも天気予報もなかった昔の沖縄では、台風とどのように向き合っていたのでしょうか。
今回は、沖縄の暮らしと台風の関係を、昔の家や石垣、植物、食文化などから見ていきたいと思います。
1.なぜ沖縄には台風が多いのか?
沖縄は、日本の中でも特に台風の影響を受けやすい地域です。
沖縄の南に広がる海域では、夏から秋にかけて台風が発生・発達しやすく、沖縄はその進路に入ることが少なくありません。
そのため、沖縄の人々は昔から台風と無縁ではいられませんでした。
そして長い年月の中で、「台風が来ることを前提とした暮らし」が少しずつ形作られていったのです。
2.沖縄の伝統的な家には台風への工夫がいっぱい
沖縄の昔ながらの家といえば、赤瓦の屋根を思い浮かべる方も多いでしょう。
赤瓦そのものが台風対策のために作られたわけではありませんが、瓦を漆喰でしっかり固定する「赤瓦葺き」は、強い風が吹く沖縄の気候に適した工夫の一つでした。
そして、もう一つ沖縄の家を特徴づけているのが石垣です。
屋敷の周囲を囲む石垣は、家の境界を示すだけではありません。
強い風から家を守る暴風の役割も果たしてきました。
沖縄の伝統的な集落を歩くと、赤瓦の家と石垣、そしてその周囲の植物が一体となった景観を見ることができます。
そこには、沖縄の気候と共に暮らしてきた人々の知恵が詰まっているのです。
3.フクギも沖縄の暮らしを守ってきた
沖縄の集落でよく見られる植物の一つがフクギです。
特に屋敷の周囲に植えられたフクギは防風林としての役割を持っていました。
海から吹き付ける強い風を和らげ、家屋を守る。
さらに、沖縄ではフクギが防風だけでなく、日差しを遮る役割も果たしてきました。
沖縄の美しいフクギ並木も、単なる景観ではなく、厳しい自然環境の中で暮らすための知恵の一つだったと考えると、見え方が変わってくるのではないでしょうか。
4.台風が来る前に、昔の人は何をしていた?
現代は天気予報やスマホで台風の進路はタイムリーに確認できます。
しかし、昔は今のような気象情報はありません。
そこで空や風、海の様子など、短な自然の変化を感じとりながら台風に備えていました。
今でも台風が接近するとスーパーからパンや水、カップ麺などがなくなることがありますが、これは昔も同じで、台風によって外に出れなくなることを考え、保存のきく食材を備えていました。
冷蔵庫がなかった時代には米や乾物、塩づけの食品など日持ちのする食材を常備しておくことが重要でした。
沖縄に昔から伝わる保存食や乾物の文化を見ていくと、そこにも自然災害と共に暮らしてきた歴史が見えてきます。
5.台風は「怖い」だけではない?
台風は沖縄の暮らしに大きな被害をもたらします。
強風による建物や農作物への被害、停電や断水、交通機関への影響。会社や学校も休校となります。
一方で、沖縄の農業や自然にとって台風が降らせる雨は水をもたらす側面もあります。台風が来た年とそうでない年のダムの貯水率はかなり違ってくるようです。
また、海水が台風によって攪拌されることで海水温が下がり、珊瑚の白化も防げます。
沖縄の人々は台風を歓迎していたわけではありません。
しかし、台風が来ることを避けられない自然環境の中で、どうすれば暮らしていけるのかを考え、工夫を重ねてきました。
また、学校が休校になる子供たちや、会社が休みになる大人たちも、台風が直撃するとなぜか少しテンションが高くなり、ワクワクし出すことも事実です(笑)
6.自然と共に暮らす沖縄の知恵
台風は、沖縄に暮らす人々にとって身近な自然現象です。
現在ではかなり精密に台風の進路が判断でき、建物やインフラも昔とは大きく変わりました。
それでも「台風が来る前に備える」という基本的な考え方はかわりません。
昔の沖縄の家、赤瓦や石垣、フクギなどを見ていると、そこには長い年月をかけて培われてきた自然と共存する知恵が見えてきます。
それらは独立して存在してきたわけではなく、沖縄の気候に合わせて組み合わさり、沖縄の景観として残るほどに人々の暮らしを守ってきた工夫なのです。

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