子供の頃のシーミーとは。〜60年前の思い出と、今の子供たちへ繋ぐバトン〜

子供の頃のシーミーとは。〜60年前の思い出と、今の子供たちへ繋ぐバトン〜

沖縄に春の訪れを告げる、清明祭(シーミー)。 重箱(御三味)を持って親族一同がお墓に集まるこの行事は、私たちウチナーンチュにとって欠かせない大切な時間です。

ふと、自分が子供だった頃(およそ60年前)のシーミーを思い出すことはありませんか? 現代の子供たちが体験しているシーミーと比べると、そこには少し違った風景が広がっていたように思います。

■ 60年前、お墓は「最大の遊び場」だった

識名霊園などはすでに多くの市民に利用されていましたが、今のような整備された形ではなく、周辺にはまだ緑が多く残っていました。 また、この時期は戦後のプレハブ住宅から、台風に強いコンクリート造りの家への建て替えが急速に進み始めた時期でもあります。

  • 親戚がとにかく多い: 今よりも子供の数が多く、いとこや、顔と名前が一致しない遠い親戚のおじさん・おばさんも大勢集まっていました。

  • お墓の周りを走り回る: 大きな亀甲墓の屋根に登ろうとしては「ご先祖様の頭の上だからダメ!」と大人に怒られる。それでも、広大なお墓の敷地は子供たちにとって絶好の遊び場でした。

  • ごちそうと瓶のジュース: 普段はなかなか飲めない瓶のオレンジジュースやコーラ。お小遣いをもらえる期待感もあり、シーミーの日は朝からワクワクしていたものです。

あの頃のシーミーは、理屈ではなく「楽しいから行く」「みんなに会えるから嬉しい」という、純粋な活気に満ちていました。

■ 現代の子供たちのシーミー事情

一方、今の子供たちのシーミーはどうでしょうか。

家族の形が核家族化し、集まる人数は昔に比べて少なくなりました。 また、コンクリートの古墓は経年劣化が進み、「暗い」「カビや虫がいて怖い」「座る場所がない」と、子供たちが長居したがらないという声もよく耳にします。スマートフォンの画面を見つめたまま、早く帰る時間を待っている姿を見ると、少し寂しい気持ちになる大人も多いのではないでしょうか。

■ 時代が変わっても、変わらない「想い」

環境や人数が変わっても、シーミーの本来の目的である「ご先祖様への感謝」と「家族の絆を確かめ合うこと」は変わりません。

だからこそ、大人が子供たちにしてあげられるのは、「今の時代に合った、集まりやすい環境を整えてあげること」ではないでしょうか。

■ 子供たちが「また行きたい」と思えるお墓へ

かつて私たちが広大な亀甲墓で無邪気に遊んだように、現代の子供たちにとっても、お墓が「明るくて居心地の良い場所」であってほしい。

近年、お手入れが簡単で、明るい輝きを持つ「御影石(みかげいし)」のお墓への建替えや新築が増えているのも、そうした親心が背景にあります。 雑草やカビに悩まされることなく、サッと拭くだけで綺麗になるお墓なら、子供たちも一緒にお掃除を手伝いやすくなります。明るい日差しを反射する石の前なら、ブルーシートの上に広げた重箱も、より美味しく感じられるはずです。

「おじいちゃん、おばあちゃん、また来年も来るね」

60年前の私たちがそうだったように、今の子供たちにもシーミーを好きになってもらうために。 天久石材では、これからの家族が笑顔で集まれる「明るく、お手入れしやすいお墓づくり」をお手伝いしています。 今年のシーミーは、ぜひご家族で「昔のシーミーの思い出話」に花を咲かせてみてはいかがでしょうか。

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