【オンライン清明祭】識名の丘、うりずんの風に吹かれて。令和に繋ぐ「清明」の心

うりずんの季節が巡り、今年も沖縄は清明祭(シーミー)の時期を迎える。那覇の街を眼下に望む識名の丘は、遠くの島々まで見渡せる抜けるような青空の下、至る所で、ウコー(線香)の優しい香りが漂うことでしょう。
私たち70代が若かりし頃、識名霊園での清明祭といえば、一族が集う大がかりな行事だった。前夜から重箱の仕込みに追われ、当日は大鍋や重い荷物を抱えて坂道を登る。それは確かに骨の折れる作業だったが、賑やかな笑い声に包まれたあの熱気は、今も鮮明な記憶として残っている。
時は流れ、2026年。親族の形も変わり、スーパーの特注重箱やオードブルを利用することが当たり前になった。集う人数が減ったとしても、識名の広い空の下、ご先祖様を囲んで近況を報告し合うその瞬間の清々しさは、決して色褪せることはない。
今年の「清明入り」は4月5日の日曜日に重なる。識名周辺の渋滞や、足場の悪い通路は、無理をすれば体に障る年齢にもなった。だからこそ、「頑張りすぎない」のが令和の供養のあり方ではないだろうか。
お墓の掃除代行を利用し、当日は花と線香だけを携えて身軽に訪れる。あるいは、混雑する「入り」の日を避け、少し時期をずらして静かにご先祖様と対話する。それは手抜きなどではなく、自分たちの心と体を労りながら、長く供養を続けるための先人の知恵と言える。
清明祭とは本来、ご先祖様と子孫が心を通い合わせる場だ。難しい作法にこだわるより、家族が墓前で穏やかに笑い合う姿こそが、何よりの嘉例(カリー)であり最高のご馳走となる。今年はどうしても帰郷できない息子夫婦、遠方に住む孫たちとスマートフォンで繋がり、「識名の風」を画面越しに届ける。そんな新しい形も、今の時代ならではの親孝行・孫孝行だろう。
昨今は、将来を見据えて「墓じまい」や「永代供養」を選ぶ人も増えた。それは決して寂しいことではなく、次世代に重荷を残すまいという、深い愛情ゆえの決断である。 伝統ある識名の地で、自分たちの代でどう形を整え、引き継いでいくか。清々しい気持ちで未来へバトンを渡す「前向きな終活」として、今年の清明祭を穏やかに過ごしてみてはいかがだろうか。


