沖縄の旧暦行事には、本土と異なる独特の文化が多く残っています。
その中でも興味深いのが、旧暦1月20日のハチカソーグヮチ(二十日正月)と、那覇の歴史文化を象徴するじゅり馬祭りです。
この祭りは沖縄の正月行事、女性文化、そしてかつての遊郭文化が重なり合って生まれた他にはあまり例のない伝統行事です。
1.ハチカソーグヮチ(二十日正月)
ハチカソーグヮチは、旧暦1月20日の正月行事です。沖縄ではこの日を正月行事の区切りとして、仏壇やヒヌカンに飾っていた正月飾りを片付け、正月用に甕に保存していた豚肉を全て用いた料理を作り仏壇に供え、家族で食べ尽くしました。そのためカーミアレー(甕洗い)と呼ぶ地域もあるそうです。
また地域によっては歌や踊りなども行われ、正月の最後を賑やかに楽しむ日でもあったと言われています。
2.辻のじゅり馬まつり
ハチカソーグヮチの日に合わせて、かつて那覇の辻で行われていたのが「じゅり馬まつり」です。
辻はかつて琉球王国時代から続く遊郭の街で、そこで働く女性は「ジュリ」と呼ばれていました。ハチカソーグヮチの日になると、ジュリたちが伝統的な民族衣装を着て、馬の頭の飾り物をつけ、「ユイユイ」と声を上げながら道路を練り歩きます。
じゅり馬まつりは戦争の影響で一度途絶えてしまいましたが、1953年に復活し、那覇ハーリー・那覇大綱引きと並ぶ那覇三大祭りとして人気を集め、賑わいました。しかし、1988年頃、女性団体などから強い反対運動があり、再び中止に追い込まれてしまいます。
それでも地域の人々の思いは消えず、2000年に行事は再び復活しました。
2018年のものですが、YouTubeでじゅり馬まつりの様子があったので、リンクを貼っておきます。
3.辻という町とジュリ
辻は、琉球王国時代に公認された遊郭が置かれていた場所です。
ジュリは単なる遊女ではなく、三線・歌・舞踊・接客芸能や知識などを身につけたいわゆるハイレベルな女性達でした。そのため辻は当時の沖縄における芸能文化の一つの中心であったとも言われています。
4.起源について
じゅり馬の起源ははっきりした史料は残っていません。しかし、日本各地にある「春駒芸能」との関係が指摘されています。
春駒とは、馬の形の飾りをつけて踊る新年の芸能で、豊作や繁栄を祈る意味を持っています。
ですが「遊女が馬芸能を行う祭り」は日本でもほとんど例がありません。例えば日本で有名な吉原遊郭・島原遊郭でも馬を使う行事はありません。
つまりじゅり馬は沖縄独自の遊郭芸能と言える文化です。
5.まとめ
ハチカソーグヮチは、正月の終わりを告げる節目の日であると同時に、那覇の歴史や文化、人々の暮らしを映し出す行事でもあります。じゅり馬まつりの華やかな行列は、かつての那覇の賑わいを今に伝える貴重な文化遺産と言えるでしょう。
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